認められたかっただけだった|結果を出しても満たされなかった理由

リボーンの原点

昔の僕は、

認められたかった。

仕事でも。

家庭でも。

誰かとの関係でも。

でも今なら分かる。

本当に欲しかったのは、

「すごいね」

ではなかった。

「分かるよ」

その一言だった。

 

当時の僕は、

結果を出すことばかり考えていた。

仕事でも。

家庭でも。

誰かとの関係でも。

「すごいですね」

「頑張ってますね」

「さすがですね」

そんな言葉を追いかけていた。

 

もっと結果を出せば。

もっと稼げば。

もっと評価されれば。

 

満たされると思っていた。

 

でも、

今振り返ると違った。

本当に欲しかったのは、

「認める」

ではなく、

「理解してもらう」

ことだった。


幼少期の恐怖。

父を亡くしたこと。

飲酒運転。

職場での降格。

家庭崩壊。

人生が壊れていく中で、

僕は何度も強がった。

大丈夫なふりをした。

平気な顔をした。

でも本当は、

誰かに言ってほしかった。

「つらかったな」

「苦しかったな」

「よくここまで頑張ったな」

と。

アドバイスじゃない。

説教でもない。

評価でもない。

ただ、

分かってほしかった。


人はよく、

認められたい生き物だと言う。

もちろん、それもあると思う。

でも、

認められたい気持ちの奥には、

もっと深い願いがある。

 

それは、

「自分の痛みを分かってほしい」

という願いだ。

 

誰にも見せていない傷。

誰にも話していない後悔。

誰にも言えない孤独。

それを抱えたまま生きている人は多い。

僕もそうだった。


そして不思議なことに、

苦しかった時に、

僕を救ったのは

「すごいですね」

ではなかった。

息子からの、

たった一言だった。

 

まかせて

 

その言葉に、

涙が出そうになった。

救われたのは息子じゃない。

僕の方だった。

実はこの記事を書きながら思い出した出来事があります。

人生どん底だった僕を救ってくれたのは、
息子からの「まかせて」という一言でした。

あの日のことは別の記事に書いています。

▶︎ 息子の「まかせて」に救われた日


あの日から少しずつ思う。

人生を立て直す力は、

誰かから評価されることじゃなく、

誰かと心が繋がることなのかもしれない。

人生どん底の時の僕を救ってくれたのは、

評価ではなく繋がりだった。

認められなくてもいい。

有名にならなくてもいい。

ただ、

一人でもいいから、

「分かるよ」

と言ってくれる人がいれば、

人はもう一度歩き出せる。


昔の僕は、

認められたかった。

でも今の僕は、

誰かの

「分かるよ」

になれる人でいたい。

それが、

人生をやり直している途中の僕が辿り着いた答えです。

 

あなたは認められたいですか?

それとも分かってほしいですか?

あなたはどうですか?

もしかしたら、

あなたも昔の僕と同じように、

認められようとして頑張ってきたのかもしれない。

仕事で。

家庭で。

人間関係で。

でも、

本当に欲しかったのは、

「すごいね」

ではなく、

「分かるよ」

だったのかもしれない。

もし少しでも心当たりがあるなら、

焦らなくていい。

僕もまだ途中です。

一緒に、一歩ずつ。

あの日のことをもっと詳しく書きました。

実際のLINEのやり取りと、
当時の僕の本音はnoteに残しています。

▶︎ 「息子の『まかせて』に救われた日」

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

僕は今も人生をやり直している途中です。

この続きは、

Xで毎日発信しています。

▼リボーン|人生やり直しの途中

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