最近、働くことについて考える時間が増えた。
仕事をすること自体が嫌になったのか。
そう聞かれると、少し違う気がする。
これまで積み重ねてきた経験もあるし、仕事を通じて学んだこともたくさんある。
ただ、以前のような気持ちで働けなくなっているのは確かだ。
朝起きて、仕事に向かう。
決められた時間の中で、やるべきことをこなす。
それが当たり前だった毎日に、最近は少し違和感を覚えるようになった。
この先も、ずっとこの生活を続けていくのだろうか。
そんな問いが、頭から離れない。
働くことには、理由があった。
かつての僕には、頑張るための明確な理由があった。
家族を守ること。
大切な人たちが安心して暮らせるようにすること。
それが、自分の中で大きな支えになっていた。
仕事で嫌なことがあっても、理不尽なことがあっても、簡単には投げ出せなかった。
自分には守るべき生活がある。
だから頑張ろう。
そんなふうに、自分を奮い立たせてきた。
もちろん、すべてを我慢してきたわけではない。
仕事が楽しいと感じることもあったし、目標を達成した喜びもあった。
でも、つらいときに最後の踏ん張りを支えてくれたのは、やはり家族の存在だったと思う。
その後、人生には大きな変化があった。
離婚した。
家族の形も、日々の暮らしも変わった。
今でも大切に思う人たちがいる。
果たしていくべき責任もある。
それは変わらない。
だけど、自分の生活が変わったのに、働く理由だけを以前と同じ場所に置いておくことは難しかった。
以前なら耐えられたことが、今は重く感じられる。
仕事へのモチベーションが下がっているのは、単に怠けたいからではないと思う。
自分が何のために働くのか。その答えが変わり始めているのだ。
本当に欲しいのは、お金よりも時間の自由。
これから、どんな暮らしをしたいのか。
最近は、そのことをよく考える。
朝、目覚まし時計に急かされずに起きる。
窓の外を眺めながら、ゆっくりコーヒーを飲む。
今日はどこかへ出かけようか。
家で本を読もうか。
何かを作ったり、新しいことを学んだりして過ごそうか。
そんな一日を、自分で決めてみたい。
もちろん、特別な予定がなくてもいい。
何もしない日があったっていい。
何をするかだけでなく、何もしないことさえ自分で選べる。
今の僕にとって、それが自由という言葉の意味に近い。
長い間、仕事を中心に生活を組み立ててきた。
起きる時間も、休む時間も、予定を立てるときも。
まず仕事があって、その周りに自分の生活を当てはめる。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
でも、これからの人生もずっとそうする必要があるのだろうか。
自分の時間を、もう少し自分のために使ってみたい。
そう思うようになった。
だから、働き方そのものを変えたい。
今、僕が少しずつ取り組んでいることがある。
それは、会社からの給与だけに頼らずに暮らせる選択肢を作ることだ。
自分が毎日決められた時間に働かなければ、収入が途絶えてしまう。
そんな状態を、少しずつ変えていきたい。
そのためには、自分が積み上げたものや仕組みから、継続的に収入が生まれる形を育てていく必要がある。
もちろん、簡単なことではない。
何もしなくてもお金が入ってくるような都合のいい話ではなく、最初の準備や試行錯誤も必要だろう。
一度作れば、永久に手間がかからないというものでもない。
それでも、目指したい。
なぜなら、僕が欲しいのは単に収入の金額ではないからだ。
収入を得るために、自分の時間のすべてを差し出さなくてもいい生活。
そこに近づいていきたい。
何かを始めるなら、自分が興味を持てることをやりたい。
頑張るなら、自分が望む未来につながることに力を使いたい。
今は、そんな気持ちが強くなっている。
理想の生活と、今の生活。
とはいえ、現実は簡単には変わらない。
今の生活を維持していくためには、収入が必要だ。
果たすべき責任もある。
気持ちが変わったからといって、今すぐすべてを手放せるわけではない。
そのことは十分に理解している。
でも、理解していることと、納得できることは違う。
朝、仕事へ向かいながら、思う。
本当は、もっと違う時間の使い方がしたい。
自分の意思で予定を決めたい。
今とは違う毎日を送りたい。
その気持ちが強くなるほど、現実との距離が苦しくなる。
そして焦る。
少しでも早く、そこへたどり着きたい。
今の働き方から抜け出したい。
けれど、焦れば焦るほど早く実現するわけでもない。
そのことも分かっている。
心はもう次の人生へ向かっているのに、現実の生活はまだ変わっていない。
今の僕は、その間にいる。
頑張ることをやめたいわけじゃない。
最近、何もしたくないと思うことがある。
ただ、すべてのことに興味を失ったわけではない。
むしろ、これからやってみたいことはある。
新しいことを考えるのも好きだし、未来の暮らしを想像すると楽しみになる。
だから、何もしたくないという気持ちも、少し正確に表現すると違ってくる。
今までと同じ働き方を、今までと同じ熱量で続けることに疲れている。
そういうことなのだと思う。
人生には、頑張る理由が変わる時期があるのかもしれない。
以前は誰かを守るために、仕事を優先した。
それが必要な時期だったし、その選択を後悔しているわけではない。
ただ、これから先は、自分の人生にも目を向けてみたい。
自分がどう生きたいのか。
何を大切にして、何に時間を使いたいのか。
今まで後回しにしてきたことに、少しずつ向き合いたい。
働くことを否定したいわけじゃない。
働くために生きるのではなく、生きるための働き方を、自分で選びたい。
それが、今の僕の願いだ。
人生をやり直すということ。
「リボーン」という名前で発信を始めてから、人生をやり直すとはどういうことなのか、何度も考えてきた。
失ったものを取り戻すことなのか。
新しい何かを手に入れることなのか。
以前よりも幸せになることなのか。
今は、少し違う答えが浮かんでいる。
自分の人生を、もう一度、自分で選び直していくこと。
もしかすると、それも人生をやり直すということなのかもしれない。
まだ理想の場所にはたどり着いていない。
焦ることもあるし、今の生活に疲れてしまう日もある。
それでも、これからどんな毎日を送りたいかという願いだけは、見失いたくない。
いつか、朝起きたとき。
「今日は何をしようかな」
そう考えることから一日が始まる。
そんな暮らしができたなら。
そのとき僕は、きっと今より少し、自分の人生を生きていると感じられる気がする。
まだ、人生やり直しの途中。
これからの時間を、少しずつ自分の手に取り戻していきたい。
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この記事では、働き方を変えたい理由や、これから目指したい暮らしについて書きました。
でも、気持ちが未来に向かっているからといって、毎日が前向きなわけではありません。
何もしたくない日もある。
今の生活から早く抜け出したいと、焦る日もある。
そんな、まだ整理できていない気持ちをnoteに残しました。
▶ note『何もしたくない。でも、このままではいたくない。』
もし今、同じような気持ちを抱えている人がいたら、読んでもらえたら嬉しいです。